幼い山崎の認識の中での大人は、いわゆる土方のような人間のことだった。 何か、たとえば猫を拾ってくることや怪談話に盛り上がることに表情を曇らす役割。
おとななんだ、と何の疑いもなく思っていた幼少の自分を少し懐かしく思う。



「遅い朝ですねぇ」

声に振り返った土方の顔面に、雪の塊がぶつかる。声の主は素早く姿を消した。 ちっ、と舌打ち一つして水滴を手で拭い、土方は縁側に腰を下ろす。
時刻は昼。朝から、相当雪が降った。しかしその寒さがちょうどいいのかもしれない。

「副長、大丈夫ですか」

返事はない。山崎が心配したのは沖田のいたずら、ではなく二日酔いだった。 花見然り、真選組には世間と同じように節目節目の宴会がある。 忘年会もその一つだ。

「学習しませんねぇ、土方さん」

けろりとした顔で庭に姿を現した沖田に、うるせぇと言い、また黙ってしまった。
そういう沖田の昨夜の酒量が、半端なものではないことを山崎も知っていた。 土方の比ではない。沖田に敵う人間などそうはいないこともよく知っていた。

「おーい、初詣に行かないか」
後ろからの近藤の声がした。近藤の酒は翌日に響かない。それほど泥酔しないのも確かだ。
「他のにも声かけてくるから、二時半に出よう」
「わかりました、俺も呼んできますよ」
山崎は立ち上がり、視線を外に向ける。また、粉雪が舞い始めていた。



行き先はいつもお世話になっている、近所の小さな稲荷社だった。 山崎は監察という立場上何かと縁があり、神主とも懇意だ。 年末年始は特に足を運ぶ機会も多く、先日も大祓の人形を納めに参ったばかりだった。
真選組として公にはもっと有名な剣術武道の神を詣でる。 しかしそれは局長と副長だけが上の幕吏と行くわけであって、平隊士らに関係はない。
元の出は百姓、なじみがあるのは地域の分社であるのも事実であった。 農業ひいては商業のご利益、似つかわしくないようで、あまり懐の暖かくない隊を思うと何ともいえない。
「あ!アイツ」
「山崎さんじゃないですか」
目前には両手に焼き鳥を持ったチャイナ服の少女と、傘を差してやっている眼鏡の少年。 おそらく初詣の帰りだろう。

「新八君、久しぶり」
「新年早々縁起の悪い奴ネ」
「今年一年そういう年ってことでさァ、残念だ」
「ご無沙汰してます、あけましておめでとうございます」
おめでとう、と返し、いつもの銀髪が見当たらないことに気づいた。
「あ、銀さんはね、あそこ」
新八が指差した先には、木にもたれ掛かる男が一人。
「二日酔いですか…」
お互い大変ですね、と苦笑し、礼をして山崎は隊士の方へ戻る。
土方は銀時ほどではない。ちゃんと二足歩行が違和感ない程度にはできる。 されど油断は禁物、会わせると何が起こるかわかったもんじゃない。ここは足早に立ち去ったほうが無難だ。
雪は粉雪から本格的に変わってきた。この天候を見ても、早く帰った方がいいだろう。 傘を持ってこなかったから尚更だ。
「雪、もっと積もりそうですね」
土方は若干顔を上げて前を見る。ちらりと盗み見た、眉間の皺。
山崎はそっと白い息を吐く。 雪にはしゃいでいた自分らを、遠目に一瞥して室内へ戻ってしまった記憶が残っている。
「副長は、雪、好きですか」
「雪が降ると、何かと面倒だろ、交通とか」
「そうですね。寒いし、見廻りにも影響でますし」
変わりないに越したことはありませんよね、とは言わなかった。
では何故貴方は人斬りなのですか、そう続けなければならなかったからだ。 副長、日常でないものがすきじゃないのだとしたら、貴方の日常は何ですか。
平穏を保つ為の仕事とは、名目上だけだ。喧嘩好きが人殺しに摩り替わるのを恐れている。
ちらほら人が居るだけの境内に入る。砂利に雪が積もり、踏むと普段とは違う音がした。
矛盾している。 それでも彼のなかでは一本にまっすぐ通る筋になって、山崎にはわからなくなる。
土方の手が伸びてきて、山崎の頭の雪を軽く掃う。
きっと、大人なんじゃなくて、せめて今の位置に留まっていたいんだ。



賽銭を投げ、鈴は近藤が代表で鳴らす。
柏手は揃えて二つ。



今年だって貴方の望むような、楽な一年にしてあげるつもりはありませんから
ずっと煩わされていればいいんだ この世の不規則に誤算面倒事


ただ それが貴方にとって 辛いものではないように

貴方の 心をなくしてしまう ものでないように



雪化粧した江戸なんて、滅多に見れるもんじゃないぞ、と近藤が笑った。





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