いつかこんな日が来ることは分かっていたけど。
山崎は薄っぺらい健康診断結果の紙を片手に、少し苦笑いをする。
何も健康上問題がみつかったわけじゃない。
ただ叶えられる可能性の低い、淡い期待を裏切られただけ。
「そりゃハタチ超えりゃあ、ふつー伸びないよな」
それでも1センチぐらいまけてくれたっていいじゃないか。
神様もケチだな、と五月晴れの空を見上げる。
また視線を紙上に戻せど、そこに書かれた169が変わることはない。
沖田の身長が170に届いた、という話は一ヶ月前に聞いていた。
近藤がそんな話をしてたのを、小耳に挟んだのだ。
屯所で健康診断をしたときにちょうど山崎は捜査で留守にしており、一人で受けてこいと土方に言われたのは春も過ぎた頃だった。
別に病気もないだろうし、という山崎の言葉は、上に提出しなきゃなんねぇから形だけでも、との中間管理職の苦労の色滲む台詞によってかわされた。
「ていうかこれ提出したのをわざわざ公表するわけじゃあるまいし、偽っておけば今年もセーフなんじゃ…」
「何してんでさァ、山崎ィ」
「ひゃぁぁ!」
振り向くと立っていたのはやっぱり沖田。
足音も立てずに背後を取られたことに山崎は監察としてプライドを若干傷つけられたが、今はそんなことは言ってられない。
「お、健康診断受けてきたのかィ」
「ええそうで…ってオイ!」
言い終わる前に、紙を取り上げられた。
「健康体だなァ」
「そらそーです」
「視力下がった?」
「徹夜明けの眼精疲労で」
「身長変わってねーな」
「…ハイ……」
「山崎の背を超したら、ひとつ願いごときいてくれるって約束だったよなァ」
もう何年前にしたのかも覚えていない約束だった。確か二人とも十になる前の話で、沖田は山崎よりもうんと小さかったのだ。
幼いながらに子どもの戯れ言だ、すぐに忘れると思っていたがなぜかこの年になってもこの時期には背比べをした。
一年前には確かに数センチの差があったのが、縮まっていくのは二人ともなんとなく分かっていた。
「…まさか沖田さんがこんなに伸びるなんて思いませんでしたよ」
「失礼な奴でさァ」
「ええもう何でも聞きますよ、でも副長関係はだめですからね、殴られるのはご免ですから」
「いっつも殴られてるくせによく言うぜィ」
「十年以上の辛抱だったんですから、さぞかし難題なんでしょ」
どうせだったら、もうちょっと小さい頃に抜かされておくべきだったと無駄な後悔をする。
今の悪知恵が発達してる沖田に命じられることに、真っ当さなどあるはずがない。
「何をお望みで?」
「じゃ、キスさせてくだせェ」
「え?」
次の瞬間にはもう乾いた唇に温かさを感じ、山崎はあっけにとられた表情のまま硬直する。
ほんの数秒の出来事に呼吸の仕方を忘れる。
「長年の辛抱もチャラんなるのは早いでさァ」
山崎が口をパクパクとさせるのに対し、沖田はにやりとする。
1センチなんて関係なく、沖田に見下ろされている気がしてさらに顔が火照るのを感じる。
「……びっくりさせんで下さい」
ようやく紡ぎだした言葉に、沖田は若者らしい無邪気な笑いで応える。
「短さに免じてもうひとつ」
「何です」
「これは内緒でさァ」
昔よくこうやって二人で、他愛ないいたずらを共有したことをふと思い出す。
しかし今は人差し指の乗せられた唇に目が行き、山崎は少し紅潮した顔のままこくこくと頷いた。
契約/秘め事