横顔を見つめるなどという、うぶな恋人のようなマネはしない。
そろそろ日付が変わる頃だろうか。山崎の眠たげな視線は窓の外を過ぎていくネオンを追う。 首都高を走っていく車の波に、自分らが乗っているのは公用車であることを忘れそうになる。 なんせ土曜の夜だ。

「あと30分ぐらいだろ」
「そうですね、渋滞してないですし」

遠出のわりに大した仕事ではなかった。
事務的な仕事、だから自分が呼ばれたのだろうと山崎は思っている。
血生臭くなければ、それに越したことはない。 当然車内には殺気など微塵もない。無機質な空間に煙草の煙が漂うだけだ。
山崎は視線を右の男に移す。 彼はこちらではない方向を凝視している。 …いつだってそうだ。あの鋭い眼が射抜くのを、山崎は傍観している役だ。

「おめー、スピード狂?」
「わからないです」
「なんかそんな感じするぜ」
「そうですか?」
「運転は人の本性が現れるらしいからな」
「…それは俺がそーゆー本性ってことですか」
「本性なんか本人だって解ってねぇこともあるだろ」

車というのは足が地に着いていない感じでどこか不安になる。
同時にこのスピードが空ろな興奮を引き起こす。
 
 このまま心中してくれませんか

ふと浮かんだ戯言に、山崎は隣に気づかれぬように苦笑する。
幾度か殺して欲しいと(刹那的でも)思ったことはあったろうが、これはあまりに不釣合いすぎる。

このままどこか知らないところへ連れて行ってくれても構わない。なんて都合のいい願い。
このスピードで、少し道を逸れるならどこへ行けるだろう。
後ろ寒さは快感なのだろうか。

「…やっぱりスピード狂かもしれない」
「なんだそりゃ」

どうあがいても辿り着くのは不安なネオンが揺れる、新宿。
張り巡らされた道路は、奔放なようで秩序をもって目的地に人々を送ってゆく。





濁流