参道の真ん中は、神様の通り道だから端を歩くんですよ。
すれ違った親子の会話に、今さっき中央を、それも堂々と鳥居をくぐり入って来た自分を省みる。 のち、砂利が纏わりつく道を、さらに乱暴に歩いた。作法など反吐が出る。束縛するものには悉く牙を剥いてきた。
目先に構えるのはくたびれた拝殿だった。 人の気配などない。 強いて言うなら数羽の烏。 全てが色褪せたなかで彼らの黒さは目立たない。この町では珍しいこった。
高杉は腕を組み、賽銭箱の前に仁王立ちする。
何を願ってほしい、何が叶えたい?薄笑いを浮かべてただ凝視する。 思いつく限りの悪事の経歴をひたすら語ってみようかとも思う。 しかしこういうものは自分の為に存在しているんじゃない。 だから住む世界が違う、無関係だ。 この正は負を抑える為じゃない、ただのつまらない人間の欲の捌け口だ。 少なくとも今の時代には、高尚そうに見える偶像。
高杉にとって関係あるものは、狩る対象と己を縛るものだけでそれ以上でもそれ以下でもない。 唯一の共通点は祭好きなことだけだ。 故に失望に至る、そんなことはどこかで勘付いていた。
踵を返そうとし、人の気配を察するが左側の死角が邪魔をする。 そっと首だけ動かせば、あれは、見覚えのある目障りな黒い洋装。
血が滾り見えぬ片目以上に世界が見える。ああ憎らしくて愛しくて堪らない生命体! あれぞ高杉を生かすのだ。
失礼しまぁすと身を社務所に滑り込ませた小僧、おそらくは嗅ぎ回る犬。 しかし判るのだ。 『血の味は知っている』  洋装でなければ憎き手先と判らぬだろうほどだ、定めし上司は重宝して、愛護していることだろう。
そうでなければあんな子どものような走り方ができるわけがない。
あんな弾んだ声が出るわけがない。
高杉は憎悪が飽和しそうに高まるのを感じる。 ああいう 化けの皮 を被った人間が、豹変する瞬間が楽しくて仕方がない。 如何な拷問を科せば吐くだろうか。忠誠を誓った哀れな子ども! 思わず鈴緒を強く握り滅茶苦茶に振り回す。騒々しく乾いた音が祝福する。 どのようにして捕らえてやろうか、一筋縄ではいかないだろうか。
興奮が身体を支配する感覚こそ、生きている印だ。
突如ざり、と扉が開く。 姿を現したのは、神主だった。 老体を押し出すように前へ進み、こちらへ向けて頭を下げる。 高杉の顔を一視し、一言お大事にとくぐもった音を発し、建物の裏へと歩を進める。
お大事に、だと?お前の目は節穴か。 この左目こそが高杉の持つ喜び、すべての原動力は過去だというのに。 それがなくなったら生きていけない、最低限度の存在意義を。
数年前はよく逃避したものだ。狂うように、静かに死んでいけたら。何度そう願ったか知れないのに。 その空想の幸福を引き千切ってまで、死に物狂いを続ける悪夢に酔い慣れる為の、唯一の理解者よ。 危うく年寄りに掴みかかりそうになるのを、口腔で呻きを殺し耐える。
そう、あの小僧だ。
あいつを喰らえと左目が疼く。 徐々に口角が上がる。





01:狂うように、静かに死んでいけたら。何度そう願ったか知れないのに。