薄らぼんやりとしていた意識が覚醒するのを感じる。 自然な目覚めほど絶望的なものはない。 かといってそれをどうしようとも思わない。どうにもならないのだ。 土方は横になったまま、しつこい頭痛に目を伏せ息を吐く。
傍らの規則正しい動きに、呼吸音が伴う。 冷えた指先で髪を除けると、呑気な寝顔が出てくる。 一時でもこいつを、うらやましいなどと思ったことは無いはずだ。 それだけは断じて否定しなくてはならない。 薄い光が首と手の甲にすべる。

よく寝ている、それを確認したくて明け方、この薄ら明るい時間に目覚めるのかと一寸思って打ち消した。 土方は身を少し傾けて、緩い動きでその呆けた顔と向き合う。 生きてるか、と言いそうになる。それほど上から見た山崎は、無機物のようだった。 口づけて、体重を乗せないように覆い被さる。 短い時間、互いの息が止まる。 項の温かさに誘われるように顔を埋めれば、可笑しいくらいに自分の匂いがした。
この感情が、恍惚か。 脈が規則正しく打っている。この当然に対して安堵し興奮するのは、此処に一人しか存在しない。 深夜なら、噛んでしまっただろう耳朶を唇で挟み、歯を立ててしまっただろう首筋を舌でなぞる。 山崎は少し頭を動かし、息を大きく吸い、吐く。
寝顔を幸せそうだなどと判断するのは、自惚れのような気がしてならない。 幸せが何処にあるのかなんて、一生分からないままでもいいのだ。 絶望のようにそこら中に落ちていて、しかもどうにもならない。 どうすればいいのかさえ分からない。 いっそ気づかない方が、こいつの望むような穏やかな暮らしに必要なことを、知っている。

「ひじかたさん、おはようございます」
咽喉の辺りが動いた。 おせぇ、と低く唸ればすぐに寝惚け声の「スミマセン」が戻ってくる。 一度離れて、面と向かって見下ろせば、先ほどの無機質さの欠片もない。 二人の間に部屋の冷気が滑り込み、首元を冷やした。 やせた掌が遠慮がちに触れ、背中に上って、そしてするすると土方の後頭部へ移動する。
ひじかたさん、アタマ痛いンじゃないですか
ちがいますか、と眠そうで心配げな目に問われる。 土方はその腕を少し力を込めて掴む。
幸せは、自分らの前に無力で、その虚偽をきっと暴かれるだろう。 だから、ただそこに居てくれればいい。それ以上を求めない。
んなことねぇよ、と言って浮かせていた体重を乗せると、グエッ、と山崎が鳴いた。 そしてそのまま煙草へ手を伸ばすのだ。





10:幸せが何処にあるのかなんて、一生分からないままでもいい。