雨粒が地表を濡らし、じわじわと染み込んでゆく。 空も土も斑に黒く変色し、アスファルトさえ雨が自然物に変えるかのようだ。 無関係じゃない、今まさに水分が繊維に染み入って山崎の表面を冷やす。 緑の明らかに減った町から取り残されたわずかな土が咲かせた、紅い華は雫を溜め込む。
しにんばな。
久しく意識に上がってこなかった言葉を思い出した。 気味が悪いと云ったのは誰だったろう。 決まって彼岸の頃だけ、すくりと立ち上がる不気味な華だと。
雨脚は強まりも弱まりもせず単調に続く。 だから山崎も無意味に雫を拭おうとはせず単調に歩く。
濡れ鼠もいいところだ。 無い傘は差せない。いくら馬鹿でもそれぐらいは解る。 それにこの外出に用のあるのは懐にある手帳ぐらいなもんだ。 大した情報は無いものの、それさえ水を防げば後はどうにでもなる。 いっそずぶ濡れも気持ちいい、と子どもじみた感情が山崎に味方する。
しにんばなもずぶ濡れだ。紅い線に水滴をたくさん留めている。 信心深いほうではないとは思うが、あれが先人の言うように故人だとしたら、 彼らも自分も傘を持たずに雨に打たれている。そう考えるとなぜか愉快に感じた。 でも山崎は歩いて、少なからず前に進んでいる。立ち尽くしてはいない。

見覚えのあるような、萎びた傘もまた雨に打たれていた。 あれはこちらへ向かってくる。進むのと逆流するのと立ち尽くすの。 まぁ俺は退だけど均衡とれていいかと思う。
そんな阿呆なことを考えている上に、張り付いた髪が邪魔をして前方がよく見えない。 だから傘の持ち主に気づかなかった。
おい、と雨音じゃない音が聞こえ髪が乱暴な手つきでかき上げられる。 山崎は現れた仏頂面に、傍からみれば多少だらしなく笑いかける。煙は頼りなく昇っていた。 男はまるで風変わりな散歩のように、何も持たない。ましてや傘など二本は持たない。 しかし山崎は頭上から直接打ち付ける水滴のなくなったのに気づき、代わりに当たっては流れる雨の音に、ひどく静かに心臓を抉られる。
隊服んときやるなよ、という声に、はいよと歯切れ良く答える。
献身じゃない、ただこういう場面で動物的な人種なだけだと土方は思う。無害な人間だ。 そして土方の肩口が濡れるのを心配しているであろう馬鹿に、勝手に呆れてみる。 水は足元で秩序なく迷走していた。
俺がいないときやるなよ。雨にかき消されてしまいそうな音を偶然拾い、山崎は視線を宙に泳がす。 解ってます、相手の耳に届いたかどうかは知らない。 赤茶けた傘が、水を留めず流している。
気味が悪いと言ったのは誰だったか。





02:流れる雨の音に、ひどく静かに心臓を抉られる。