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これを土方が言うのもなんだと思うが、最初はちっとも笑わない奴だった。
近藤が小さいことを気にしない(どうでもいいわけじゃなく、あるがままを受け入れるような)性質だからだろう、 今となってそれを覚えているの者はほとんどいないはずだ。
土方はあの昏い子どもの目をときどき思い出す、決まって夕暮。



子どもは無邪気にあるべきだという押し付けがましい感情を持っていたわけではない。 だいたい沖田が身近にいるなか、先入観の常識は通用しない。
それにしても、だ。
子どもの持つ過ちや愚かさを外に出さないその面は、確かに不気味ではあった。 しかしそれも今となっては無垢な魂、純粋というか零に近い状態にあったのだと思う。
基準がどこだと決まりはない。
ただ、あのときの子どもが何を感じ考えていたか、ふと気にかける。
庭の皺がれたような皮を持つ老木と、常に凪を保つ池の水面。

山崎は―――

やまざき、と呼び慣れた名を口にしようとして音がでなかった。 別に用があったのでなく、返事をするか試すことに意義がある。 否、意義など見出すにも足りないとばかりに煙が夕暮れ空を曇らせた。
うつくしい、みにくい、は夕暮れの前に意味を成さないのだ。 過去も未来も何もかも。すべてに意味はない。ただそこに存在する、土方の五感が察知する。


ちゃぽん、と水の音を耳に捕らえたような気がして、視線を下方へ向けた。 縮こまった背中は昔より大きいが、遠い記憶がちらついて苛々する。
記憶は交錯する。獣を埋めた地面に項垂れてそれを凝視していたお前と、斬った人間を一瞥したお前は、どっちが先だ。


土方は縁側からゆっくり降りて、黒い頭を殴りつけた。 少し驚きを含んだ目で振り返り、後、へらりと笑う。 すこし暑いですね、と指先をぬるい水に濡らしている。
山崎は土方に殴られることで自らの存在を認める。
土方は山崎を殴ることで心の均衡を保つ。
それはきっと極上の、だけどだからこそ最悪に痛い感情であることを、きっと最初から知っていたのだ。 刷り込みのように今日まで来てしまったことを、後悔したかもしれない。 しかし土方は後悔を好かない。過去は姿を消すのだ。 そして感情を―それを感情と括るのかは甚だ疑問だが―与えたのが自分ひとりの力ではないとも解っている。
しかし極めて無意味だ。
俺が居たこと、気づかなかったわけじゃないだろう?





06:それはきっと極上の、だけどだからこそ最悪に痛い感情であることを、きっと最初から知っていたのだ。