一日を働き終えて布団に転がっているのだから、睡魔が降りてきて不思議はないのに。
雑務の終わるのを待ってさっきまで部屋の片付けをしていたが、結局は「そこでおとなしくしてろ」と言われるのがオチだった。
そりゃあアイロンがけしてる途中で仕事が終わったと言われても、流れが悪い。
そんなことをぼんやりと思っていても(緊張を和らげるため、であろうとも)無音の空間に溶けた、妙な息苦しさは消えない。
山崎。
低い、心地よい声に誘われて、ぎこちなく身を起こす。
胡坐の背中を半身傾けて、左手で軽く手招きされた。
恐る恐る身を滑らせ寄り添えば、ぐい、と引き寄せられた。
視線は卓上の書類に向けられ、無言のまま背中に回された手が暖かい。
違う、自分が冷たいんだ。
右手が煙草の火をもみ消す。
その手が伸びてくるのと同時に向き合う形となり、抱きすくめられる。
暖かくて、強い。
この時が幸せすぎて、涙が出そうになる。人は愛おしくて泣けるんだと、初めて知った。
しかし泣いてはならない。幸せは毒になる。
顔を見れば本当に堪えきれなくなりそうで、どうしても背けてしまう。
そんなことを思っていれば、すぐに後ろ髪をひかれ、顎を上げさせられる。
顔だけが火照って赤くなっているような気がする。
恥ずかしいのと愛おしいので頭が混乱する。
「嫌か」
硬い動きで首を横に少し振る。
あなたの思う「嫌」とは違うんです。言葉は声にならなかった。
反射的に目をぎゅっとつむると、その目尻に暖かい舌が触れた。
「泣くな」
声色が優しすぎて、全ての感覚が麻痺するのを感じる。
命令するのではなく、懇願するような台詞。
言わないで。見せないで。お願いだからあなたを気付かせないで下さい。
あんな散々掻き抱いておきながら、今更―
「痛むか」
「いえ」
上擦った声でやっと言葉を口にする。しかし大丈夫な、わけがない。
それを彼も解っている。
昨晩に限ったことではない、激しい斬り合いの後は、皆気が立っている。
しかしそれなりに毎度、それを飼い慣らし制御しているのを、その場に立ち会う機会の少ない山崎も知っていた。
酒や女で、上手く夜の誘惑に狂気をすり代え、夜明けと共に捨て去る。
これも仕事なんだ、それは発散する方もされる方も。ただ後者に回っただけだ。
特に抵抗はしなかった。
痛いという感覚を、土方に与えられることは慣れている。
緊張に震えていると思ったのか、掴んでいた後ろ髪を指で優しく梳かれる。
そうしてもらうだけで腰も立たなくなりそうで、更に恥ずかしい。
ゆっくり身体を横たえると、すこし呼吸が楽になった気がした。
ずるい人だと思う。償いのつもりなのだろうか?
優しさを見せれば見せるほど、離れられなくなることを、知らないでいる。
「副長」
名前では呼ばない。
だからどうか、女のように抱かないで欲しい。
09:言わないで。見せないで。お願いだから君を気付かせないで。
(二人称変更適応)