拒むのが正解だと頭では解っているのに、
黒い服の背中に縋っている両腕を離すことは躊躇われた。
どのみち拒否するなんてできないのだから、考えなければいいのに。
途切れ途切れの呼吸音と、衣擦れの音だけが今の全てだった。
世の中が結果論だけで成り立てばどんなに楽だろうかと思う。
口を塞がれて酸素不足の頭が、体の火照りを興奮とすり替える。
言葉を発せたところで、「いや」の二つの音で済む問題だろうか?
絡まって動きの取れない舌はそれどころではないが、
言うにしても言わないにしてもきっと問題は打開しないだろう。
悪いのは自分のバカ正直な体とバカな頭と、あなたの無意識下の残酷さ。
「(おれはバカだから)」
コンクリートに押し付けられた背中が洋服越しにも冷たい。
その分、違う体温を強く感じる。
「(ただの遊びならそう言ってくれないと、わからないんです)」
この都合の良い頭と体に、すべて勘違いで嘘で偽りだと教え込ませてほしかった。
「(ぜんぶ否定してくれればいいのに)」
自分を貪る薄い唇でいっそ断罪されてしまいたい。
唇が離れると同時に、瞑っていた目をそっと開く。
変わらぬ冷たい眼が見下ろしている。
鋭い視線に見透かされるようで、むしろそれを望んでいた。
「モノ欲しそうな目で見んじゃねぇよ、イヌが」
嘲るような口調で投げつけられた言葉に眼を見開く。
眼球に映るのは歪んで吊り上げられた口角で、それを前にして言うべき言葉が見つからない。
言い返さない。言い返せない。
震えるように奥歯がカタカタと鳴る向こうに聞こえる、ベルトのバックルを外す音だけが真実だった。